平成28年度日欧リウマチ外科交換派遣医

 

   

 

TOKYO

埼玉医科大学整形外科 門野夕峰
社団法人博恵会/慶應義塾大学  桃原茂樹


 

 日本リウマチ財団とEuropean Rheumatism and Arthritis Surgical Society (ERASS)との間で日欧リウマチ外科交換派遣医制度(European and Japanese Exchange Fellowship in Rheumasurgery)が隔年に交換留学が実施されていますが、本年度の平成28年はイギリスとドイツからお二人のリウマチ関節外科医が来日されました。

 

 お一人は、イギリスSheffieldにありますNorthern General HospitalのShankar Thiagarajah先生、もうお一方はドイツSendenhorst にあるSt. Josef-Stift SendenhorstのAnsgar Platte先生のお二人です。約2週間と短い日本での滞在でしたが、前半の1週間は東京および静岡に滞在されました。そこで、埼玉医科大学整形外科の門野先生と、わたくし桃原が東京でのホスト役を仰せつかりましたので東京および静岡での研修についてご報告させていただきます。

 

 お二人は2016年9月4日(日)に東京に到着されました。初日は、彼らの宿泊先のホテルロビーで待ち合わせをして、門野先生と私との4人で日本滞在時の予定など説明をしながら近くのレストランで夕食をご一緒致しました。彼ら二人ともとてもナイスガイで話が多方面に及び、とても楽しい会食会でした。

 

 

 今回の研修での東京では、毎日研修する施設が異なりました。彼らも大変だったと思いますが、受け入れて頂いた先生方、施設の方々にここで厚く御礼を申し上げます。以下、各施設からのレポートです。

 

9月5日(月) 東京大学医学部附属病院整形外科

 

  初日の9月5日(月)は、東京大学医学部附属病院から研修がスタートしました。午前中は関節リウマチ(RA)の重度外反扁平足症例に対する後足部の三関節固定術、午後はナビゲーションを用いた関節RAの人工膝関節全置換術(TKA)を見学しました。お二人とも関節外科が専門であり、後足部の手術は珍しいとのことで興味深く見学していました。TKAでは英国、ドイツおよび日本での手技の違いなどの意見交換が行われました。手術見学後、田中栄教授をはじめとする東大整形リウマチ外科グループのドクターに向けて、お二人からそれぞれの研究内容に関してショートレクチャーをしていただきました。Platte先生からはリウマチ患者に対する骨温存型大腿骨ステムを用いた人工股関節全置換術(THA)の成績を、Thiagarahah先生からは英国の変形性股関節症患者における一塩基多型(SNP)に関する疫学調査の話を伺いました。夜は上野公園の杜の中に佇む日本家屋のお店で「鶏すき焼き」を楽しみました。

 

 

9月6日(火) 慶應義塾大学病院整形外科

 慶應義塾大学病院では、整形外科の二木康夫先生に受け入れて頂きました。

 

 AM:私のスポーツ外来(アスリート外来)を見学してもらいました。ACL再建術の二重束再建法の件やLeeds-Keio人工靭帯からのrevision手術には大変興味をもってもらいました。特に英国のfellowはLeeds-KeioのKeioが我々の施設であることに驚いていました。人工靭帯の考えは、米国ではFDAが未だに認可しておりませんが、欧州ではその概念は根強く残っているなどのDiscussionがなされました。二重束再建はドイツの施設でも行われており、日本人の繊細で緻密な手術に同感していただきました。一方、未だにKT-2000のようなアナログな器械で動揺性を測定していることに驚いていました。 

 

 PM:私のkinematic alignmentのTKAを見学してもらいました。最近では欧州でもkinematic alignmentが注目されており、脛骨を患者によって3~5度内反で骨切りするとのことでした。手術見学後、医局長室でその理論について説明し、共感していただきました。

 

 

9月7日(水) 東京都立墨東病院リウマチ膠原病科

 9月7日は東京都立墨東病院を訪問して頂きました。RAの股関節破壊に対してDirect anterior approach (DAA)を用いたTHAを行い、虎ノ門病院の山本精三先生に指導医の立場で来ていただきました。股関節外科医であるThiagarahah先生は、イギリスでは後方アプローチで全例手術をしているので、DAAに対してかなり興味を持たれていました。Platte先生は日本のリウマチ外科医と同様にすべての関節を扱うとのことで、欧米の中では稀有な先生でした。ドイツでは前方アプローチで行っているそうです。THAに対する展開方法について活発な議論がなされました。またRAの外科治療を行う包括的にセンターがドイツで上手く機能している話を伺い、勇気付けられました。

 

 夜は隅田川の屋形船で刺身、てんぷらなどをつまみながら、隅田川を眺め、下町情緒を少し堪能していただきました。Thiagarahah先生、Platte先生ともに意思、コメディカルと共に食事を楽しみ、いいRAチームだとおっしゃっていただきました。台風が接近していたため、天気が危ぶまれましたが、荒れることなく無事に終了することができました。

 

 

 

9月8日(木) 東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター整形外科

 東京女子医科大学病院では、整形外科の矢野紘一郎先生に受け入れて頂きました。

 

 当施設で彼らが入った手術は足趾形成術(近位骨切り)でした。ただ、いかんせん彼らが(無謀にも)とても複雑な東京の地下鉄でやって来ようとしたため迷子になってしまい大遅刻をしてきたため、来た時にはすでに骨切りは終わってK-wireをLesserに刺入しているところでした。ただ、手術中にはWeil法をやらない理由や近位骨切りの理論などの質問を受けました。
 

 ご本人達が一番驚いて興奮していたのが、残念ながら近位骨切りではなく、閉創時に糸をループにして挟むマットレス縫合でした。でも実はこの方法は、この日欧交換留学を通してヨーロッパから我々に伝わっていた方法でした。

 オペ終了後にその日の2件目に入っていたフィン付き髄内釘のことを説明したらとても興味深そうに聞いていました。というのも、欧州にはフィン付きがないそうです。
 

 最後に私の近位骨切り論文を渡したらとても喜んでいただきました。その後欧州に戻って実際近位骨切りを試したそうで、経過は良好だとメールをいただきました。
残念ながら写真を撮る暇がなく撮影できていません。以上が報告になります。

 

9月8日(木)髙久代表理事表敬訪問

 

SHIZUOKA

9月9日(金) 静岡厚生病院リウマチ科 

 

 静岡厚生病院では、リウマチ科の坪井声示先生に受け入れて頂きました。


 前日までの雨も上がり、東京から新幹線を利用して2人は、午前中に静岡厚生病院に到着しました。まず、挨拶も程々に午前中後半のリウマチ科外来の実際を見学して頂きました。日本では、地方でもリウマチ性疾患を専門に診る外来システムがあり、静岡厚生病院では、1日に一人の医師で午前中に30人ほどの患者さんの診察を行うこと、人工関節の手術件数は週3-4件であることについて説明しましたが、外来がイージーアクセスの日本と異なり逆にヨーロッパのでは、一人の患者に十分な時間をかけて診察を行うこと、1室で2-3件の手術を同時に行うなど日本と比較して1日にこなす手術件数の多さなど、色々と考え方の違いがあることを知り感動しました。その後、関節リウマチ患者さんの協力を得て関節エコー施行風景を見学して頂きました。


 昼、静岡市内にある東海道五十三次の丸子宿の丁子屋に向かいました。東海道が、京都、江戸間の物流・人の流れの交通の要衝である歴史を説明しながら、自然薯のとろろ汁を食して頂きました。
午後は再び病院に戻り、リハビリ、回復期病棟、医局などを回り、ナーシングホームなど同様の施設が、ドイツにもあることをお聞きしました。またリウマチで人工膝関節置換術施行症例を提示しながら、意見交換をしました。MMP-3検査は、日本ではよく行われる検査ではあるものの、ヨーロッパではそれ程一般的でなく、私が膝関節炎の指標としての有用性を力説させて頂きました。また医療保険制度についてまでも話が及び、UKではNHS: National Health Service(国税による公的医療制度)でほとんどの医療が賄われるが、プライベート医療も併存しており、1手術につきドクタフィーがあることなどをお聞きしました。ただプライベート医療で執刀出来るリウマチ外科指導医になるには、相当のスキルを積む長い道のりがあるらしい事も分かりました。彼らとの話を通して、医療はつくづく社会的な問題であると感じた次第です。


 静岡は1日だけで、翌日は東京に帰ることになっており、二人が希望された海をお見せすることが時間の都合で出来なかったのが残念でした。次回、また交換留学で静岡を訪れる機会があれば、欧州とは異なった日差しに輝く駿河湾と富士山の組み合わせを楽しんで頂けたらと思った次第です。

 

 

 9月9日(金)の夜は私も合流させて頂き、静岡の食材を提供して頂ける割烹料理屋で彼ら二人と坪井先生と4人で会食しました。とても有意義な研修であったと心からお礼の言葉を頂きましたし、今後もリウマチ治療は薬物治療だけではなく、リウマチ外科医はより高いレベルでの生活向上を目指した医療を提供しなければならない、という意見で一致しました。

 

 

 以上が今回の前半の研修報告となります。帰国後、彼らから受け入れて頂いた方々への感謝の連絡を頂いております(文責 桃原)。

 

NIIGATA

新潟県立リウマチセンター 名誉院長   村澤 章

  前半の東京、静岡での施設見学を終えられ、9月11日新潟入りされました。

ここからは後半の新潟での病院見学、手術見学、学術講演会、交流会などの概要を報告いたします。

 

9月11日 (日)


 夕方上越新幹線で新潟駅着、阿部先生のお迎えで、そのままホテル日航新潟へ案内、ひと休みの後、同ホテル内の中華料理店"桃李"にて歓迎会が行われました。


 Dr. Ansgar Platte, Dr. Shankar Thiagarajah と共に新潟リウマチセンターから村澤、副院長の石川先生、副院長リウマチ内科医伊藤先生、阿部先生、リウマチ内科医小林先生が参加し終始和やかな雰囲気で互いの紹介、翌日からの病院案内、手術見学のスケジュールなどの確認を行いました。


 Dr. Platteとは日独リウマチ外科合同ミーティングで2013年大分、2015年Bremenでお会いしており顔見知りでした。会話は大声で早口ですが、丁寧に相手を慮って話してくれます。40歳代で8歳と12歳のお嬢さまがいて、携帯写真の彼女たちがかわいく自慢げでした。

 

 

 Dr. Thiagarajah は英国中央に位置する鉄鋼の都Sheffieldに在住で、30代の若き英国紳士そのものでした。日本は初めての訪問でもあり、6ヶ月の赤ちゃんを国に残して少し心配顔のようでしたが、新潟の研修に興味津々の様子でした。 

 

 

9月12日(月)
 

 

 新潟市から北に約30kmの新発田市にある新潟県立リウマチセンターに到着、後半の第一日目は、まずリウマチセンターの歴史や現在の活動、日本におけるリウマチ医療の仕組み、欧米との違いなどを説明したのち病院内を案内しました。特にリウマチセンターは、医局が内科医、外科医、リハビリ医の三位一体の協力体制にあること、病院運営は隣接する総合病院の新発田病院と電子カルテシステム、MRI・CT・DXAなどの医療検査機器、検体検査システムなどの共同運用を図り効率良い経営運営をおこなっていることなどを説明。Dr. Platteは彼の所属するSt.Josef-Stift Sendenhorst Hospitalの理念、方針、運用と類似していると仰天した様子でしたが、実は私たちのリウマチセンターは旧瀬波病院から新発田に移転するとき、Prof. Miehlke の時代のSendenhorst Hospitalを参考にさせていただいた経緯があり、お互い納得。一方、英国ではリウマチセンターに類似した病院やシステムはないようです。


 午後は院長回診についていただき、リウマチ内科医、リウマチ外科医が交互にリウマチ性疾患患者の入院加療、診断、薬物療法など外科治療以外も広く扱っていることをアピールしました。その後、リウマチセンター近くの醸造元(市島酒造)を見学してもらい、夕方から医局ミーティングに加わり、先週の術後検討、今週予定の術前検討、生物学的製剤予定患者の導入前検討などを行いました。

7時過ぎ、遅めの医局主催のWelcome party で医局全員との交流となりました。 

 

 

9月13日(火) ~15日(木)

 三日間手術見学に始終しました。  

                       
 一日目は1例目に両側同時足趾形成術を、2例目に典型的な手指変形によるピンチ、グリップ障害に対し示指から小指人工指MP関節置換術(Swanson)と母指IP関節固定術を提示しました。日本での足趾形成術は切除形成術ではなく関節温存形成術が主流で、特に新潟では30年前から中足骨斜め骨切り短縮術がおこなわれている様を紹介し、母趾は関節破壊と亜脱臼がみられたため足趾用Swansonインプラントを用いた関節形成術を示しましたが、Dr.Platte はこの例はドイツでは固定術が主流と頭を傾げていました。


 二日目は当センター得意の手指関節形成術を2例提示しました。1例目に阿部先生から示指、中指MP関節強直例の難易度の高い人工指MP関節置換術(Swanson)が、2例目に環指スワンネック変形、小指ボタン穴変形に対する軟部支持組織を用いたバランス再建術が示されています。手術後石川先生からリウマチ手の外科の概要、手描きの手術記録(芸術作品に近い)による各種手術法、術後作業療法士とのリハビリプログラムなどの説明があり、熱き討論が続きました。

 

 

 三日目はTKA手術、俄然Dr.Thiagarajahの目が輝き矢継ぎ早の質問、意見があったようです。午後は前日緊急入院した大腿骨頸部骨折に対し急きょ人工骨頭置換術が行われました。両手術は香川大学整形外科より研修中の野村先生に担当してもらいましたが、研究医が積極的に執刀医をつとめていることに感嘆され、さらに彼らは女性びいきで、なんでこんなに重い電動sawを日本では使わせるのかと訝っていました。


 当センターが開発したTEA(M-NSK型) や手関節固定材料(WFR)なども紹介する予定でしたが、時間的に余裕がなくキャンセルとなりました。


 この間、夜は夕食も兼ね、なぜかスペイン料理、研究医行きつけの居酒屋、近くの温泉、焼肉屋などで交流を深めました。


 手術日最終の木曜日の朝、恒例になった病院見学の修了証書を授与いたしました。

 

 

 

9月16日(金)

 夕方予定していた、新潟大学整形外科リウマチ班との合同ミーティングまでの間、新発田市から新潟市に向かってバスツアーに同行いただき、新発田市の由緒ある日本庭園"清水園"、新発田城の見学の後、豪農屋敷に開店された"五十嵐邸ガーデン"で昼食、午後北方文化博物館で日本の文化歴史を堪能されたようです。


 一旦新潟での宿泊予定ホテルで休憩したあと、大学の有壬記念館で“第3回日欧リウマチ外科交換フォーラムイン新潟2016”に参加いただきました。最初の4題は大学研修医2名、リマチセンターより研究医2名に続き、石川先生と藤沢先生、派遣医2名の得意分野の発表が行われました。


 石川先生からはリウマチ手の外科の患者報告型アウトカム調査、藤沢先生からはTKA術後の患者由来の予後調査についてのホットな話題提供でした。

 

 

 

 Dr.Platteからは、THAでRA若年者にMetha型短形大腿骨ステム使用7年の成績の報告をいただき、骨萎縮の強い高齢者には適応はないが若年者で骨がしっかりしている症例のステムの生存率は良いとのことでした。残念ながら日本での認可は得られていないようです。


 Dr.Thiagarajahからは、OA股関節の遺伝子解析で特異なSNPによる予後予測が可能である、との最新のデータ解析を披露いただき、彼の基礎研究のレベルの高さ、Sheffield大学の高名さも同時に知らされました。


 このあと全員で行きつけの寿司屋を貸し切り、farewell party で締め括りました。

 

 

 早朝、新潟-東京間ノンストップ新幹線に乗車、新潟でのすべての行事を滞りなく終了出来ました。秋雨前線であいにくの雨模様、シルバー連休の混雑の中一路東京へ。一日ゆっくりされて家族へのお土産など選ばれ無事帰国の途についたことと思われます。 

 この日欧リウマチ外科交換派遣医制度は1999年に第1回の石川、桃原先生から始まり、今回15回になります。日本から欧州滞在は4週間前後になりますが、欧州からの派遣医の滞在は彼らの医療制度の仕組みから2週間が限度のようです。


 この短期間での見学で、自施設の案内、日本のリウマチ医療やリウマチ外科、外科医の交流など全てを網羅することは不可能と思われます。また日欧のリウマチ医療のシステムの違いも大きく、私たちのリウマチ治療への思いがどこまで伝わるか心配する面も多々ありました。しかし短期間であっても気持ちは通じ、文化、習慣の違いも日本的おもてなしですべて解消したと感じています。彼らはこれから私たちとは違った関節外科医の道を歩んで行かれるかと思いますが、またどこかで新たな出会い、発展を見いだせると期待いたします。